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ホテル エクスカリバー

Excalibur” は、イギリスの英雄アーサー王が愛用したとされる
“伝説の剣” を意味します。

従って、テーマは 「中世ヨーロッパのお城」 ということですが、
むしろ「おとぎの国」の要素も強いようです。

ホテルの外観も ディズニーランドの「シンデレラ城」に似ていて
可愛らしくロマンチックな雰囲気が漂っています。 (シンデレラ
城自体、ヨーロッパに実在する城をモデルに造られています。)

オープン当初は、ラスベガス随一の巨大ホテルで、その華麗で
ユニークな外見から話題を集める人気ホテルだったようです。
現在では、リーズナブルで 「ファミリー向けホテル」の代表格と
してのイメージが定着しましたが、そのお陰で こんな夢のある
ホテルに安価で泊まれるようになったのはありがたいですね。

そして、エントランスでは、この城の主であろう王様と王子様と
お姫様が出迎えてくれて、一緒に記念写真を撮ってくれます。

また、地下には大きな「闘技場」があって、そこで行われる中世
騎士による馬上試合 「トーナメント・オブ・キングス」 のショーは
圧巻です。 さらに、ここで出される料理は 中世時代の食事を
再現した粗末なもので、手づかみで食べるのが醍醐味です。

カジノのアップフロアにあたる 2階には、フードコートとバフェが
あり、ここに日本では行列でお馴染みのクリスピー・ドーナツと
コールドストーンが入っています。 (因みに行列はありません)

さらに、地下フロアには子供向けのゲームセンターもあります。

ロケーションは、「ニュー4コーナー」の一画で、MGMグランドや
NYNYにもほど近く、また ルクソールとマンダレイベイへは無料
モノレールが走っているので移動にはとても便利です。

そして、通りからエントランスにつながる遊歩道は、白亜の城を
正面に眺めながら進入していく楽しい雰囲気になっています。
ただ、客室エレベーターが一番奥にあるため、外出するだけで
かなり時間がかかります。 忘れ物などした時はもう大変です。

最後に、もう一つの人気ショー 「Thunder from Down Under」を
紹介します。 これは、ワイルドなオーストラリア男性による女性向けストリップショーです。 ファミリーホテルにそぐわないショーですが、出演男性がイケメンばかりのため、連日行列ができる大盛況ぶりです。 内容もかなり過激のようです

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ホテル ミラージュ

「Mirage」は、1989年にラスベガスのカジノ王スティーブ・ウィンが
最初に手掛けたラスベガス第一号のテーマ型ホテルです。

これをきっかけに、ベラージオやベネチアンなど、テーマをもつ
ホテルが次々と誕生していき、それまでのカジノのスタイルを
一変させた革新的なホテルです。

そんなミラージュのテーマは“南国の楽園” で、そのシンボルと
してホテル正面に造られた“火山” は、今なおラスベガスを代表
する観光スポットです。

そして、この火山で巻き起こる迫力の「大噴火」ショーは、ラスベガスの人気アトラクションとなっています。
毎日20時、21時、22時の3回行われ、無料で観覧できます。

さらに、もう一つ昔からこのホテルのマスコットとして人気なの
がホワイトタイガーです。 かつてはショーも行われていました。
現在は、ホテルの奥にある 「シークレットガーデン」 でホワイトタイガーやホワイトライオンに会うことができます。

その隣には、イルカのショーが観られる「ドルフィン・ハビタット」
もあって、ここではイルカと直に触れ合うこともできます。
この2つのハビタットには $15で入園することができ、大人から
子供まで楽しめる人気のアトラクションとなっています。

そして、食事の方もバフェがリニューアルされてからは評判が
高く、クオリティと雰囲気ともにかなりお勧めの一軒です。

ショーは、ビートルズとシルクドソレイユが融合した「LOVE」が
有名で、 ビートルズの音楽をメインに楽しめるのが特徴です。
また、ビートルズをテーマとしたバーラウンジ 「REVOLUTION」も斬新なデザインで注目度の高いナイトスポットです。

プールも、南国テーマというだけあってとても広く、ヤシの木や
滝などの装飾がこっていて、過ごしやすい空間となっています。
また、スパも充実していてリーズナブルなのでお勧めです。

そして、もう一つのナイトスポットでもあるナイトクラブは、現在
新しく「1OAK」 という人気クラブが誕生しています。

ミラージュは、設備も充実している上、テーマホテルの原点とも
いえるホテルなので、ぜひ記念に泊まってみたいですね

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ラスベガス誕生物語

19世紀後半、全米はゴールドラッシュに沸き、一攫千金を夢見た多くの労働者たちがカリフォルニアを中心と
したアメリカ西海岸へと押し寄せました。そして、西海岸へと渡る最後の難関 ロッキー山脈を越える手前で一
休止をとったのがラスベガスでした。

しかし、当時のラスベガスには娯楽が何もなく、宿泊者たちは酒を飲みながらわずかな持ち金を賭けてカード
ゲームを楽しんでいたと言われています。

これがギャンブルの街 「ラスベガス」 誕生の瞬間です。

そして、ユニオン・パシフィック鉄道が開通した1905年、ラスベガスは正式な「町」となりました。

その後、一時はラスベガスのあるネバダ州でもギャンブルは非合法となりましたが、カジノを含めたギャンブル
を完全に禁止することは難しく、地下に潜ったマーケットはマフィアの格好の資金源となりました。 そんな中、
第一次世界大戦後に経済恐慌が起き、さらには1929年の株価大暴落による世界恐慌で州の財政が苦しくな
ると、次第にギャンブル合法化への気運が高まってきました。
そして、1931年にネバダ州は、財源の確保のため総括的なギャンブルを法制化し、これを機にラスベガスは
一大カジノシティへと発展することになります。さらに、この年ラスベガスの近郊に建設が開始されたフーバー
ダムはラスベガスに劇的な発展をもたらしました

まだ砂漠地帯だったラスベガスに、初めてのリゾート型カジノを
誕生させた男 ベンジャミン・シーゲル。

この当時、シカゴやニューヨークで暗躍していたマフィアで、映画
「バグジー」のモデルにもなった彼は、1946年に「ハリウッドの社交界をラスベガスへ」 をコンセプトに
「フラミンゴ・ホテル」を華々しくオープンさせました。

「バグジー」とは、彼のニックネームで「ノミ」という意味です。

フラミンゴは、カジノとホテル、ショーやプール、ショッピング、ゴルフ場、射撃場、乗馬クラブなどが
そろう一大リゾートホテルでした。これは現在のラスベガスのカジノ・ホテルの原型ともなっています。

しかし、ホテルは経営不振でわずか2ヶ月で休業となり、再開後も赤字経営は続き、
開店資金はあっという間に底をついてしまいました。 そして、マフィアから調達した
600万ドルもの資金を使い果たしたバグジーは、その責任を追及されマフィアから
狙われの身となってしまうのです。

そして、フラミンゴオープンからわずか1年後の1947年、バグジーはビバリーヒルズの
邸宅で暗殺されました。

その後、バグジーの射殺事件はマフィアの抗争として新聞の一面を飾り、これがきっかけでフラミンゴの存在が
全米に知れ渡りました。 皮肉にも、自分の死によってホテルは話題となり、フラミンゴを一目見ようと多くの客で
賑わい、その後ラスベガスには次々とリゾートホテルが建設されていくのです。

こうして、ラスベガスは、一大カジノリゾートとしてのスタートを切ったのです。

1966年、長年マフィアに支配され続けた街を一変させる一人の男がラスベガスに現れます。
レオナルド・デカプリオ主演の映画「アビエーター」のモデルにもなった男、20世紀を代表する大富豪
ハワード・ヒューズ。

この時代に急発展を遂げた航空産業で莫大な資産を有する彼は、まだ発展途中だったラスベガスに
アメリカンドリームを託し、航空会社TWAの売却でえた500億ドル(約60兆円)もの資金でラスベガスの
ホテルを次々とマフィアの手から買収しました。

当時、マフィアへの取り締まりを強化していたネバダ州当局の思惑とも合致し、
ラスベガスをマフィアの血に濡れた歴史から開放していったのです。これを機に、
マフィアから一般企業によるカジノ経営のスタイルへと変化していきます。

こうしてラスベガスは安全でクリーンな街へと変貌をとげ、だれもが安心して
カジノやショーを楽しめるようになり、安心して訪れる観光地となりました。
さらに、ホテル同士にもサービスや設備向上の競争心が生まれ、人々をより
魅了するためのアイデアが組みこまれていきました。

そして同時に、諸所の不祥事が発覚する度に監査機関である「ゲーミング・コントロール・ボード」の
管理システムを強化し、不正の面でもクリーンなカジノを作り上げっていったのです。

現在のラスベガスは、訪れる全ての人を魅了してやまない究極の
エンターテイメントシティへと発展を遂げました。まるで世界の観光
名所を集約したかのような一大テーマリゾートの誕生を、この男の
出現をおいては語れません。

全米で知らない人はいないと言われ、あのハワード・ヒューズから
唯一後継を託された男 スティーブ・ウィン。

ビンゴホールの経営者であった父親の影響を強く受け、学業半ばに経営者の
道へと進み出します。わずか31歳の若さでカジノ・ゴールデンナゲットの社長に
就任すると、見事な手腕で経営不振に陥っていたカジノの再建を果たしました。
そして、斬新なアイデアで次々と独創的なホテルを創りあげ、いつしか人は彼を
「ラスベガスを作った男」と呼ぶようになりました。

彼は、カジノ経営で培った経験とノウハウを生かし、1989年に革新的なテーマ型ホテル「ミラージュ」を
オープンさせました。これまでのホテルとは全く違う思考で、南国の密林ジャングルをテーマに無料の
火山噴火ショーを演じ、質の高いビュッフェを提供するなど、瞬く間に人気のホテルとなりました。

ミラージュの誕生こそ、1990年代のテーマ型カジノ建設ラッシュの先駆けであり、
ホテルのスタイルに大きな影響を与えました。そして、あの「シルクドソレイユ」を
初めてホテルに取り入れたのもウィンです。
つまり、彼は「カジノだけではないラスベガス」という現在のラスベガス・スタイルを
作り上げた人物なのです。そしてその後も、海賊ショーの「トレジャーアイランド」や、
噴水ショーで有名な最高級ホテル「ベラージオ」など話題のホテルを次々と生み出しました。

2005年、構想から5年の歳月をかけた史上最高のホテル「ウィン ・ラスベガス」
が誕生しました。 ホテルには、ラスベガス初となる敷地内にゴルフコースを保有し、
さらにラスベガス随一の広さを誇るプールを備えています。 ホテル名は当然彼の
名前からとられたものですが、ホテルの看板にもなっている「Wynn」のロゴが彼の
直筆サインだということはあまり知られていません。

(因みに、2009年にその隣にオープンしたホテル「アンコール」はウィンの再演という意味なんですね。)

こうして、現代のカジノの形を作り上げたウィンの功績を称え、人は彼を「ミスター・ラスベガス」と呼びます。

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運営ってどーしてるの?

オンラインカジノってどのように運営されているの?
まずは、技術的なところから説明します。

オンラインカジノを提供している会社は、まずオンラインカジノを運営してもよいという政府発行の正式なライセンスを取得しないといけません。

ライセンスを取得したオンラインカジノ運営会社は、運営用のゲームソフトウェアやその他データをライセンスを保持する国に所在するサーバーへ格納する必要があります。そして、世界中のプレイヤーがそのゲームにインターネットを介してアクセスしてプレイするということになります
オンラインカジノの運営会社
次には、オンラインカジノ運営に関わっている様々な会社について説明します。
これが実はいくつもの会社が運営に関わっているのです。

まずは、カジノ運営会社がウェブサイトを作ってゲームを提供しています。
この他にも、プレイヤーに対するカスタマーサポート、得点やボーナスを提供するのも運営会社です。

この運営会社にゲームソフトウェアを提供しているのが、「ソフトウェアプロバイダー」と呼ばれるゲームメーカー会社です。マイクロゲーミング社やプレイテック社など、数多くの運営会社にソフトウェアを提供している大手会社がいくつかあります。

次に、ソフトウェアに入金/出金をする手段を提供するのが決済会社です。例えばこのサイトでも紹介しているWebanqやNETELLERという会社がそのような入出金を提供している決済会社です。

その他にもオンラインカジノがプレイヤー保護をちゃんと行っているか、ゲームは公平に行われているかを定期的に検査する監査企業などがあります。

これら各企業は大手の場合は、上場企業であったり、有名スポーツチームのスポンサーだったりします。これら企業が様々な役割を果たしてサービスを提供することによって、プレイヤーはオンラインカジノをプレイすることができるというわけですね


オンラインカジノの歴史について

初めてのオンラインカジノは1996年に出現
オンラインカジノの本当の始まりは、1994年にイギリス連邦加盟国のアンティグアが初めてオンラインカジノ運営者へ正式なライセンスを発行する法律を可決したところにさかのぼることができます。アンティグア・バーブーダは、今でも多くのオンラインカジノ運営者がライセンスを取得している人気国です。

1994年に今は大手のオンラインカジノのソフトウェア開発会社であるマイクロゲーミング社が設立されます。1996年からマイクロゲーミング社、クリプトロジック、ボスメディアなど、今でもメジャーなソフトウェア開発会社が初めてオンラインカジノを展開していきます。

すでに1998年から今ではオンラインカジノで欠かせないプログレッシブジャックポットゲームが誕生したり、1999年には他のプレイヤーと一緒にプレイできるマルチプレイヤーテーブルなどが出現します。

当初は数十個しかなかったオンラインカジノサイトは、今では数千個のオンラインカジノ、ポーカー、ビンゴ、スポーツブックなどのジャンルに分かれたサイトや数百社のソフトウェア開発会社が存在する大規模な市場として発展しています。
ライセンスを発行している国も、今では20カ国以上存在しています。

上場企業やスポーツチームのスポンサーシップ
ゲームの充実と共に、プレイヤー保護やイカサマの運営者を排除するための規制体制の向上や監査基準の構築など、長い年月を経て安全に安心してプレイできる環境が整っていきます。
今ではヨーロッパ各国、オーストラリア、カナダなどで日常的に遊ばれているエンターテインメントのひとつとなっているのです。

こんな大きな業界に関して日本ではあまり聞く機会がないことが不思議ですが、実は今になってはロンドン株式市場やNASDAQで数多くのオンラインカジノやオンラインギャンブル会社が上場しています。いくつか上場している企業の例を記載します

•32Red PLC(32レッドカジノ運営会社)
•Bwin.Party Digital Entertanment Plc(パーティーカジノ運営会社)
•888 Holdings PLC (888カジノ運営会社)
•Playtech(大手カジノゲームメーカー)
•Betfair(Befair総合ゲーミングサイト運営会社)
※実はソフトバンクが、Betfairの23%を所有しています。
さらに、オンラインカジノの運営会社は、スポーツチームのスポンサーシップを積極的に行っています。サッカーが好きな人は実は知らない間にオンラインカジノ会社のロゴを目にしていると思います
例:

•マンチェスターユナイテッド:Betfair
•レアルマドリード:Bwin.Party Digital Entertanment Plc
•トッテナム・ホットスパー:Mansion Limited
•アストン・ヴィラ:32 Red PLC (2006-2008)
•セビーヤFC:888 Holdings PLC (2006-2008)
•フラムFC、エドモントン・オイラーズ(NHL)、LAギャラクシーズ(MLS):Bodog
こんなにもメジャーだったなんて、知らなかった!という人も多いと思います。

実は日本でもかなりの人数がオンラインカジノをプレイしているということが知られていて、新聞や雑誌で報じられていることも少なくありません。日本からもいつか上場を目指すソフトウェア開発会社など出てくる日が見れるのでしょうか。


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